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去年の秋、投げ釣りで完全にボウズだった夜がありました。

冷たい風が背中をすり抜けていって、潮の匂いだけがやけに濃い夜でした。2時間ほど釣り座を変えながら粘ったけど、何もかからない。仕掛けを投げては巻き、投げては巻き、リールのハンドルを回す手の感触だけが指先に残っていく。あたりが一度もないと、だんだん「おれは何をやってるんだろうな」という気持ちになってきます。竿先の鈴も鳴らない。海面のうきの光がただ波に揺れているのを、ぼんやり眺めているだけの時間でした。

「今日はダメだな」と片付けはじめたとき、5mくらい離れたテトラに乗ったおじさんが次々と魚を抜き上げているのに気づきました。最初は見間違いかと思ったんです。でも、見ているあいだにもう一匹、また一匹と抜き上げていく。

短い竿をテトラの隙間に突っ込んで、ぽいっと抜く。投げるわけでもなく、誘うわけでもなく、ただ真下に落としてすぐ抜く。それを繰り返して、30分で5匹以上釣っていた。こっちは2時間ボウズで、向こうは30分で5匹。同じ漁港の、同じ夜の、すぐ近くで、です。穴釣りというものを、そのとき初めて見ました。

正直に言うと、悔しさよりも「なんだそれ」という驚きのほうが大きかった。あんな簡単そうな動きで、なんで自分の足元の魚が釣れるんだろう、と。片付けかけていた手を止めて、しばらくそのおじさんの手元を盗み見ていました。


穴釣りの仕組み

穴釣りはシンプルです。

テトラや捨て石、岸壁の隙間には、カサゴやメバルといった根魚が住み着いています。彼らは基本的にその場所から動かない魚で、目の前にエサが来たら食う。その習性を利用して、仕掛けを真下に落とす釣り方です。

ここがおれにとっては目からうろこでした。回遊魚を狙う投げ釣りやルアーは、要するに「いつ群れが回ってくるか」という、自分ではどうにもできない要素に賭けている部分が大きい。釣れる日は釣れるけど、回ってこない日はどれだけ腕があっても何も起きない。だから2時間粘ってボウズ、ということが普通に起きるわけです。

ところが根魚は違う。動かない。テトラの穴の主は、たいてい昨日もそこにいたし、たぶん明日もそこにいる。だから「いつ来るか」じゃなくて「どこに住んでいるか」を探す釣りになる。時間に賭けるんじゃなくて、場所に賭ける。これは自分の足で探しさえすれば答えが出る釣りだ、というのが、最初に穴釣りを面白いと思った理由でした。

遠投も、誘いの技術も、潮読みも、あまり関係ない。「住んでいそうな穴を探して、仕掛けを落とす」それだけです。落として、少し待って、反応がなければ次の穴へ。これを淡々と繰り返していく。極端に言えば、足元の海の地形をどれだけ細かく想像できるかの勝負で、知識や経験が浅くてもとにかく数を打てる人のほうが釣れたりする。釣りを始めたばかりの人や、おれの息子みたいな子供でも結果が出やすいのは、たぶんこのシンプルさのおかげだと思っています。


タックルはびっくりするくらいシンプル

短い竿があれば始められます。

穴釣り専用の竿が売っていますが、手持ちのコンパクトロッドでもいい。おれが最初に使ったのも、車に積みっぱなしにしていた安いパックロッドでした。2m前後の短い竿がテトラの上でも取り回しやすいです。なぜ短い竿がいいかというと、穴釣りは竿を振って投げる釣りじゃないからです。真下に落とすだけなので長さは要らないし、むしろ長いとテトラの隙間に穂先を入れにくいし、足場の悪い場所で長い竿を持っていると振り回して危ない。だから短いほうが理にかなっているんです。

リールはなくてもできて、ラインを竿先に直結する「ノベ竿スタイル」でも問題ありません。ただおれは、根がかりして仕掛けを切ったあと結び直す手間や、釣れた魚を抜き上げたあとの取り回しを考えると、小さいリールがついていたほうが楽だなと感じています。このあたりは好みなので、家にあるもので始めて、足りないと思ったら買い足すくらいの気持ちでいいと思います。

仕掛けはブラクリという、重りと針が一体になったものを使います。これが穴釣りの定番で、根がかりに強い構造になっています。なぜ根がかりに強いかというと、重りと針が一体で余計な糸が出ていないぶん、岩の隙間に引っかかる箇所が少ないからです。とはいえテトラの穴は岩だらけなので、それでも普通に引っかかります。最初のうちは何個も失うのが当たり前なので、ここはもう消耗品だと割り切ってください。エサはジャリメかイソメ。近くの釣具店でほぼ必ず売っています。

道具を揃えても合計1000円台で収まる。他の釣りと比べると圧倒的に低コストで始められます。これは地味に大きい話で、釣りを始めようと思ったときに最初の道具代が高いと、それだけで腰が引けるものなんです。穴釣りは竿とブラクリとエサだけ。失敗しても痛くない金額で「とりあえずやってみる」ができる。この入りやすさが、人に勧めやすい一番の理由かもしれません。


カサゴを初めて釣った瞬間

翌週の土曜日、同じ漁港のテトラに行きました。

あのおじさんの手元を思い出しながら、見よう見まねでブラクリにジャリメをつける。最初はエサのつけ方すら自信がなくて、針の通し方が合っているのかもわからないまま落としていました。1つ目の穴、反応なし。2つ目の穴、これも反応なし。「やっぱり場所が違うのかな」と少し弱気になりかけたところでした。

3つ目の穴に落としたとき、ラインがスーッと引き込まれました。最初は根がかりかと思ったんです。でも、根がかりなら動かないはずの重みが、生きて暴れている。竿を立てると、ずっしりとした重みと一緒に何かがばたばたしている感触が、竿を握る手のひらにダイレクトに伝わってきました。投げ釣りで遠くの魚をやりとりするのとは違う、距離の近さがそのまま伝わってくる感触です。

抜き上げたら、20cmほどのカサゴでした。赤みがかった体で、口が大きくて、陸に上げてからもぱくぱくして抵抗している。背びれをぴんと立てて、いかにも気が強そうな顔をしている。ずんぐりした体型のわりに力強くて、思っていたより引きがありました。

「根魚って、こんなに引くんだ」というのが正直な感想でした。先週ボウズで肩を落として帰った同じ場所で、足元の穴からこんなに簡単に魚が出てくる。釣りって、知っているか知らないかでこんなに変わるんだな、と思った瞬間でした。この1匹で、おれはすっかり穴釣りにはまってしまったわけです。


場所選びと転倒への注意

穴釣りは場所選びが釣果の9割です。

テトラが高く積み重なった場所より、小さめのテトラや捨て石が敷き詰められているポイントのほうが穴が多くて釣りやすい。なぜかというと、大きなテトラは隙間も深くて、仕掛けを落としても魚のいる層まで届きにくかったり、根がかりしやすかったりするからです。小ぶりなテトラや捨て石は穴の数そのものが多くて、ひとつ反応がなくても次、また次とテンポよく探っていける。手数を打てる場所のほうが、結果的に当たりの穴に行き当たる確率が上がります。

あと、常夜灯のそばのテトラ帯はメバルが集まりやすく、夜釣りの穴釣りとの相性がいい。常夜灯の光にプランクトンや小魚が寄って、それを狙ってメバルが集まる、という流れがあるからだと思います。おれが車中泊とセットで夜釣りに出るときは、まず常夜灯のある堤防を探すようにしています。同じ穴でも昼と夜で住人が入れ替わることがあって、それを確かめるのもまた楽しい。

ただし、テトラは本当に足場が悪い。これは何度でも書いておきたいところです。コンクリートの塊が不規則に積み重なっていて、角は丸くなっているし、表面には海藻やぬめりがついている。乗り慣れていない人間が不用意に乗ると普通に転びます。おれも油断して一度ずるっといったことがあって、あれは本当に肝が冷えた。手をついた拍子に竿を放り出して、それが穴に落ちなかったのが幸運だったくらいです。濡れているときはスパイクシューズが必要です。波が高い日や、足元がしぶきで濡れている日は、釣果うんぬん以前に乗らない判断をしたほうがいい。

最初は陸からテトラの端に仕掛けを落とすだけでも十分釣れます。実際、テトラの一番手前の隙間にもちゃんと根魚は住んでいます。わざわざ危ない奥まで行かなくても、安全な範囲で結果は出る。慣れるまでテトラには乗らないほうがいい、とおれは思っています。子供を連れていくならなおさらで、おれは息子と行くときは絶対にテトラには乗せません。釣れるかどうかより、まず無事に帰ることのほうが大事ですから。


ボウズなしに近い釣り

投げ釣りやルアー釣りは、魚が回遊してこない日は本当に何も釣れない日があります。これはこれで、当たった日の喜びが大きいという良さがあるんですが、せっかく家族で出かけて誰も何も釣れずに帰る日というのは、やっぱり気まずいものです。とくに子供を連れていって「一匹も釣れなかった」となると、次から「釣り行く?」と誘っても乗ってこなくなる。

穴釣りは違う。テトラや捨て石に根魚が住み着いているかぎり、仕掛けが届けば反応がある可能性が高い。経験上、よほど場所の選び方を間違えないかぎり、まったく釣れないということは少ない気がします。もちろん絶対ではないし、まれにどの穴を叩いても無反応という日もあります。でも、回遊待ちの釣りに比べると、坊主で帰る確率がはっきり低い。これは精神的にかなり楽です。「今日はとりあえず何か釣れるだろう」と思いながら出かけられるのと、「釣れなかったらどうしよう」と思いながら出かけるのとでは、同じ釣りでも気の持ちようがまるで違うんです。

だからおれは、子供と一緒に来るときや、「今日は何かしら釣りたい」という日には、穴釣りを選択肢に入れるようになりました。息子が退屈しはじめたら足元の穴に仕掛けを落とさせて、小さくてもカサゴが一匹出れば、それでその日の釣りは大成功になる。本人が自分の竿で魚を抜き上げた顔を見ると、こっちまで嬉しくなります。投げ釣りのボウズで沈んだまま帰った夜の自分に、「足元に魚いるぞ」と教えてやりたいくらいです。

まぁ、楽しけりゃいいよね。



よくある質問

Q. ブラクリの号数はどれを選べばいいですか?

3〜5号が使いやすいです。テトラの隙間が深い場所は重めの5号、浅い場所は軽めの3号と状況で変えると反応が変わることがあります。根がかりで消耗するので複数個セットを買っておくのがおすすめです。

Q. テトラには乗らないと釣れませんか?

乗らなくても釣れます。陸からテトラの端に仕掛けを落とすだけで十分な釣果が出ます。慣れるまではテトラには乗らないほうがいい、と個人的には思っています。テトラは濡れていると本当によく滑ります。

Q. カサゴとメバル、どちらが穴釣りで釣りやすいですか?

昼間ならカサゴのほうが釣りやすいです。メバルは夜行性に近いので、常夜灯がある場所での夜釣りが効果的です。同じテトラ帯でも昼と夜で顔触れが変わる面白さがあります。

Q. エサはジャリメとイソメ、どちらがいいですか?

どちらでも釣れます。ジャリメのほうが柔らかくて動きがあり、食いがいいと言われることが多いです。近くの釣具店で売っているほうを選べば問題ありません。

Q. 穴釣りで釣れた魚は食べられますか?

カサゴもメバルも食べてとてもおいしい魚です。唐揚げ、煮付け、塩焼きどれも合います。20cm前後のサイズから食べ応えが出てきます。おれは持ち帰ってからその日のうちに料理するようにしています。

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